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給与設定の基準は?創業メンバーの選び方や雇用形態の選択肢、初めて人を雇う時の注意点を社労士が網羅的に解説
「早く行きたければ、一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」
(if you want to go fast, go alone; if you want to go far, go together)
アフリカが起源といわれるこの諺どおり、事業拡大を目指す際、仲間集めを検討する方も多いのではないでしょうか。しかし、仲間を迎え入れるには、複数の雇用形態の選択肢、必要な書類・手続きなど、様々な知識が必要となります。加えて、立ち上げ期のメンバー選びはとても重要。スキル面だけでなく、性格的な相性をどのように見極めれば良いのでしょうか。西大井創業支援センター(以下:当施設)では、2022年8月18日に当施設連携アドバイザーの佐藤律子社会保険労務士をゲストに迎え【創業メンバーの選び方や雇用形態の選択肢、気をつけるべきポイントを社労士が徹底解説!】を開催しました。
イベント内容を元に、採用初期に知っておきたいことを網羅的にお伝えします。
登壇者プロフィール
佐藤 律子/りつ社会保険労務士事務所代表、株式会社しろくま代表取締役、西大井創業支援センター連携アドバイザー(専門家)
滋賀県彦根市出身。関西の大学卒業後に大手製造装置メーカーにて人事部門に従事し「人が思うように動いてくれない」という悩みを持つ。担当役員の「現場の声を理解しなければ、人を動かす仕組みなんてできない」という言葉により行動を見直した結果「人が動く仕組みの作り方」を習得する。2018年から「より多くの企業にこの経験を活かしたサポートをしたい」との思いで、現場を大切にした社会保険労務士として独立開業。人事・労務分野の企業サポートを実施するほか、2022年には中小企業等の経営サポートを行う株式会社しろくまを設立し、新事業を開始している。
事業の目的と自己理解を明確にした上で、候補者へアプローチを。創業メンバー選びの4つのステップ
初めて人を雇う際、多くの経営者が陥るのが「自社にどんな人材を採用するのが最適なのか明確になっていない」という問題です。仲間選びについて、4つのステップに分けてお伝えします。
STEP1.どんなパーティを組みたいか、全体像を考える
立ち上げ期の仲間は、ゲームのRPGでいう「パーティ」と同じです。主人公である勇者のほか、敵への攻撃に特化した人もいれば、仲間の体力回復を担う役割の人もいます。主人公は仲間たちの特技や個性を活かしながら、「最終ボスを倒す」という目的に向かい突き進むのです。
事業もRPGと同じで、自分(経営者)を勇者と捉え、自社が目指す目的を達成するために必要な仲間を集めていくと考えると分かりやすいでしょう。そのためには、仲間集めの前に目的を明確にすることが必須です。自身がブレないよう、他者に正確に説明できるよう、ビジョンやミッションを明確に言語化しておきましょう。※ビジョンやミッションの言語化について詳しく知りたい方は、本メディア過去レポート起業時に信頼・応援されるには?共感を生む事業計画書の作り方を参照ください。
STEP2.業務や性格上の自分自身のキャパシティを理解する
続いて必要なのが、自身のスキル・性格を正確に理解することです。仲間集めは、自分とは全く違うパーソナリティを持った人と同じ目的を目指し一緒に仕事をしていくことです。スキル面ではマッチしても、相性があまりに悪いとお互いに気持ちよく仕事を進めることができません。
自社にとってどんな人が必要かを明確にするために、自分の性格はもちろん、得意・不得意の棚卸しをしっかりとしておきましょう。
STEP3.理想のメンバー構成を考えてみる
事業の目的、自分のスキル・性格を明確にできたら、それらを踏まえて理想のメンバーを考えてみましょう。
上の図はウェルスダイナミクスと呼ばれるもので、チームビルディングをする際によく用いられる図です。
例えば図内上部のメカニック、クリエイター、スターは視座がかなり高く、新しいものにアンテナを張り、広い視点で物事を考える人たちです。
一方、図内下部の人たちはコツコツと続けることが得意なタイプで、上部の人たちを支える役割に長けています。ところが、視座が大きく異なるためお互いに何を考えているのか理解できないことが多く、「クリエイターは昨日と今日で言っていることが違う」と下部の人たちが不満を持つことも少なくありません。
そこで、対局する2つのタイプを補完するために必要なのが、右側のサポーターと呼ばれる人たちです。サポーターが仲介役となり、それぞれの考えを翻訳することで各々が活躍しやすくなり、チームが機能するのです。
ウェルスダイナミクス上で自分がどのタイプにあたるのかを考えると、パーティにどんな人が必要なのかが明確になります。学生時代に仲が良かった人、過去に気持ちよく一緒に仕事をすることができた元同僚などを振り返るのも、ヒントになるかもしれません。
STEP3.5 候補者を見極める
「パーティに必要な人物像が明確になった!」「あの人に声をかけてみようかな?」と、次のステップへ進む前に、知っておきたい「文脈効果」について紹介します。
上の絵は何に見えるでしょうか。ウサギに見える方もいればアヒルに見える方もいるでしょう。ある国では、アヒルがたくさん集まる10月に見せるとアヒルと答える人が増え、イースターが開催される4月に見せるとウサギと答える人が増えるそうです。
このように、背景や文脈で引き起こされる錯覚を「文脈効果」といいます。
ビジネスにおける仲間探しに置き換えてみましょう。例えば、採用候補者が「会計事務所で長年働いてきた」という経歴を持っているとします。すると「コツコツと続けるのが向いていそう。真面目で細かい作業が得意そう」というイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。
私たち人間には、自身の経験や知識、環境から引き起こされる錯覚によって、無意識のうちに「こういう経歴なら、こういう人だよね」と捉えてしまう癖があります。
先程の絵を2つ並べてみましょう。同じように「これは何に見えますか?」と聞くと、98%の人が「両方ともウサギ」または「両方ともアヒル」と答えるそうです。しかし、「これはウサギとアヒルです」と一言添えて見せるだけで、見え方が大きく変わります。
つまり「人間は錯覚する生き物である」ことを前提に、客観的に候補者の方を見極める必要があるのです。候補者の方と1対1で話すと、どうしても客観性を欠いてしまいやすいので、複数人で会話や食事をする機会を設けて候補者と第三者のやり取りを観察したり、適性検査などのツールを使ってみたりするのがおすすめです。
様々な側面からその人の人となりを見極めることが、「錯覚」に捉われないための有効な手段です。
STEP4. 候補者にアプローチしてみる
「よし、あの人に声をかけてみよう!」という段階まできたら、気をつけて欲しいのが以下の3つです。
「金を稼ごう」「世界をとろう」といった曖昧な言葉でビジネスパートナーを誘うと、具体的な事業の目的等の認識がズレたまま進んでしまい、のちにトラブルに発展する危険性があります。また、大きな言葉に引き寄せられる人は、目先の欲に心が動いている可能性があるため、結果的に合わないこともあります。
2つ目は「先輩」からの紹介です。先輩が「友達を紹介してあげるよ」と候補者を連れてきてくれるケースがよくあります。有り難いことではあるのですが、以下の理由でトラブルになってしまうことが少なくありません。
●目上の人からの紹介ということで、断りづらい
●「給与は40万円らしいよ」「これから儲かるから賞与も出るよ」と決定していない条件を先輩が勝手に伝えてしまう
先輩や知人の助けを借りる時は、条件面や求める人材像など明確に伝えることを意識しましょう。
3つ目は「なあなあで始まって、いざ具体的なことになると揉める」です。例えば、「地域に特化した癒やし系のカフェをつくりたい」と伝え、仲間を集めたとしましょう。この「地域に特化した」「癒やし系」というコンセプトは、具体的にどのようなことを定義しているのでしょうか。
ここで共通認識を構築できていないと、いざカフェを設計するときにコンセプトの認識違いから揉めたり、自分の考えとは異なる方向で仲間が勝手に工事を進めてしてしまったりする恐れがあります。
お伝えした3つそれぞれに共通しているのは、経営者がミッション・ビジョンや仲間に求めることを明確に言語化できていない、またはそれが相手に伝わっていないことです。自身が目指す未来や理想のメンバー像をできるだけ具体的に定義しておけば、採用後のミスマッチを減らすことができるでしょう。
仲間を迎え入れるための選択肢
仲間を集めた後、一緒に働くためには次の3つの選択肢があります。
選択肢1.業務委託
創業フェーズの多くの経営者が検討するのが、業務委託です。社会保険等を負担する必要がないため最も気軽に始められるイメージがありますが、労働基準法における労働者性の判断基準によって、業務委託ではなく労働者とみなされることがあることを頭に入れておきましょう。
労働者性の有無とはなんでしょうか。
1つ目は、諾否の自由があるかどうかです。例えば、デザイナーに対して「この案件をお願いできますか?」ではなく「この案件をお願いします」と、相手に断る権利がないかのような頼み方をすると、諾否の自由がないと判断されることがあります。
2つ目は、指導監督下の労働があるかどうか。業務の内容や執行方法について、具体的な指揮命令をうけているかどうか、です。例えば、経験の浅いデザイナーに対して、色の付け方やツールの使い方など、業務の進め方をひとつひとつ指示する必要がある場合は、指揮監督下にあるとみなされることがあります。
3つ目は、拘束性があるかどうか。「9時から15時まで働いて、この仕事を仕上げてください」と労働時間を指定した依頼は、拘束性があるとみなされる可能性があります。
ほかにも様々な観点から、労働者性の有無を判断することができます。労働者性があるとみなされると、業務委託ではなく社員雇用とする必要があるため、社会保険等の負担が生じます。
実際に、経営者は業務委託だと認識していたものの、働く側が「労働者性がある」と裁判を起こした事例もあるので、業務委託を選択する場合は、「労働者性がない業務である」という合意を書面で交わしておくと良いでしょう。
※労働者性の判断基準について詳しく知りたい方は、厚生労働省のパンフレット「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」を参照ください。
選択肢2.役員
2つ目は役員です。役員登用は「株を持たせるか否か」「株を保有する場合、比率はどうするのか」など、後に会社の経営に影響する重要な判断が求められます。自分だけで決めず、司法書士など専門家に相談することが望ましいでしょう。
選択肢3.従業員
3つ目は従業員です。従業員として雇うと、労働時間に合わせて保険料が発生します。保険の種類は以下の3つ。
①労災保険
労災保険とは、従業員の方がケガをしたり、業務上の災害によってケガや病気になった場合に、その治療費や休業した分の給与を支払う保険です。
労災は従業員を1分でも雇い入れる場合、必ず加入が必要です。また、保険料は全額会社負担です。保険料は、サービス業の場合、従業員に支払った給与総額の約1000分の3です。
②雇用保険
週20時間以上働く人を迎え入れる場合、労災保険に加え、雇用保険に加入が必要です。
雇用保険は、失業したときの失業手当や、教育訓練給付金などが該当し、会社が3分の2、従業員の方が3分の1を負担します。保険料はサービス業の場合、給与総額の約9.5%です。
③社会保険
週20時間以上働く人を迎え入れる場合は、労災保険、雇用保険にプラスして社会保険の負担が必要です。会社が負担する保険料も重くなりますので、雇用の際は慎重に考えましょう。
社会保険は大きく「健康保険」「厚生年金」「介護保険」の3つに分かれ、介護保険は40歳以上の方が対象になります。負担額は、給与総額の約3分の1が目安で、会社と従業員で負担を折半します。つまり、会社が15%、従業員が15%負担するイメージです。
では具体的に、会社側の保険料の負担はいくらくらいになるのでしょうか。給与+交通費で、23万3,000円の額面の場合の給与明細を見てみましょう。
給与明細に載っていない、労災保険・雇用保険・社会保険の会社負担分をすべて合計すると、実質の人件費は約27万1,000円になります。中でも、社会保険料の負担が保険料の大半を占めています。
週30時間以上働く従業員の方を雇用するのであれば、給与+交通費の約117%が、実際会社が負担する人件費になると考えて良いでしょう。一度決定した給与を後から下げることは非常に難しいので、従業員雇用の際は慎重に。パート、アルバイトといった有期雇用で始め、その人の能力を判断したうえで適正な給与を決定するというフローがおすすめです。
雇用形態ごとに必要な手続き
仲間を迎え入れる形態が決定したら、形態に応じた契約書面を作成し、労働条件の合意を図ります。業務委託は「労働者性がないこと」をお互いに合意することが、その後のトラブル防止になります。役員の場合、登記や任期の決定が必要になるため「なんとなく5年でいいかな」と決めるのではなく、一度司法書士に相談しましょう。
従業員は「労働条件通知書」というものを作成し、従業員の方に渡します。さらに、相手と合意した証拠を残しておく必要があるため、別途雇用契約書が必要も必要です。また、労働条件通知書には、必ず記載しなければいけない「絶対的明示記載事項」があるので、それに定められた項目の記載がないと、無効になってしまいます。
他にも、初めて雇用したときには各種必要な手続きがあります。一度社会保険労務士や、労働基準監督所に相談すると、事務手続きの漏れを最大限防ぐことができるでしょう。
初めて仲間を迎え入れる際に、気をつけておきたいこと
最後に、気をつけておくべき3つのことをお伝えします。
1.会社が小さいうちは、就業規則を作成せずに様子を見る
従業員が10人以上の会社は就業規則を作成する義務がありますが、働きやすい環境をアピールするという目的から従業員が10人未満でも就業規則を作る会社が増えています。
就業規則はとても細かいところまで決める必要があるため、会社の規模が大きくなって、従業員を雇う上での方向性が定まったタイミングで作成しても遅くありません。初期に作成し、就業規則に捉われてしまい柔軟に働き方をブラッシュアップできない、なんてことにならないように気をつけましょう。
2.赤の他人を受け入れる度量の深さを持つ
従業員は自分とは異なる人間、赤の他人です。予期せぬ行動を取ったり、想定外の喧嘩やトラブルが起こったりする可能性はあります。経営者として他人を雇用するのであれば、「自分以外の誰かを受け入れる」といった度量の深さを持てるよう意識しましょう。
3.フェーズごとに立ちはだかる、雇用の壁を乗り越える
組織が成長すると、ヒトに関わる壁・悩み・リスクが変わっていきます。
・人を雇うかどうかの悩み
まずは人を雇うかどうか、です。共同経営者がいると、相談できるメリットがある反面、方針が異なった際にトラブルになることもあります。
・採用の壁
次は採用の壁です。求人を出しても求める人材からの応募がない、入社しても想定していた働きと違ったなどがこれに当てはまります。
この壁を乗り越えるポイントは、会社や事業の方向性、目指すところをしっかり言語化して伝えることです。会社が従業員に何を求めているのかを言語化できていれば、「思ったような人がこない」といった採用の壁は、ある程度超えられるでしょう。
・定着の壁
入社してもすぐに辞めてしまうといった定着の壁です。特に、コア人材ほど定着しないというケースは少なくありません。採用の壁と定着の壁をいったりきたりすることで、会社として欲しい人材、活躍しやすい人材がクリアになっていき、結果として企業文化が形成されていきます。ここまで進むと、ようやく戦略的な組織になり、企業利益を創出できるような段階になります。
自身の軸を明確に伝え、最適なパーティを築こう
人を雇い事業を成長させていく上で、様々な注意事項や手続き、計算などは必要です。しかし、それ以上に大事なことは、経営者として自分が何を目指し、そのためにどんな人材を求めているのか、明確に定義することです。集まった仲間たちと相互理解を深め、企業文化を作っていきましょう。
悩んだ時は初心に返ることが大切です。時間はかかっても諦めず、一緒に同じゴールを目指せる仲間を見つけ、御社に最適なパーティを築いてください。