PORT2401

2401起業media

個人事業開業に関する「おかね」周りの手続きや知識を公認会計士が網羅的に解説

起業イベントレポート

起業においては、アイディアを練ることや繋がりを増やすことも大切ですが、税金や保険など「おかね」周りのことについても知識をつけ、上手にマネジメントする必要があります。

そこで、西大井創業支援センター(以下:当施設)では2022年10月12日、当施設連携アドバイザーで「おかね」のプロである加藤雄次郎公認会計士をゲストに迎え、【税金・保険・補助金等、開業に関する「おかね」周りの手続きや知識を公認会計士が網羅的に解説】を実施しました。

イベント内容を元に、会社員を退職した後に必要な手続きや知っておきたい財務知識をお伝えします。

登壇者プロフィール

加藤雄次郎(株式会社Linkard代表取締役CEO)
品川区大井出身。東京大学在学中に公認会計士試験に合格し、2014年よりKPMGあずさ監査法人に入所。国際事業部にて、日系・外資系企業に対して業務を提供。また、社費留学制度に選抜され、中国北京の中央財経大学へ1年間留学、中国語・中国経済について学ぶ。2017年にKPMGあずさ監査法人退所後、PwC中国に入所し、中国にて事業展開を行う日系企業、及び、日本進出を行う中国企業に対して業務を提供。2021年にPwC中国を退所後、同年3月に加藤雄次郎公認会計士事務所を設立。事業拡大に伴い、2022年に株式会社Linkardを設立し、代表取締役CEOに就任。国際展開支援を中心としたBusiness Consulting、並びに、マネーリテラシー養成のための金融教育講座を中心としたHuman Consultingを提供。
https://www.linkard-group.com/

会社員が個人事業主として開業する際に知っておくべき手続き

初めに、会社を退職して個人事業主として独立する際に、やっておくべき手続きについて解説します。

①退職手続関連

1.源泉徴収票の取得

退職時の手続きとして必要なのが、源泉徴収票の取得です。源泉徴収票とは、どういった所得控除項目があり、その年の自分の所得がいくらだったのか、どれくらいの社会保険料や税金が発生しているか等が記載されている書類です。

個人事業主になると自分で確定申告を行う必要があり、その年に会社員であった期間にいくら所得があったのかを示すために源泉徴収票が必要となります。一般的には退職後1〜2ヵ月以内に勤めていた会社から郵送されます。源泉徴収票は確定申告時に必要になるため、大切に保管しておきましょう。

2.国民健康保険・国民年金への加入


続いて、国民健康保険・国民年金への加入について解説しましょう。会社員は、健康保険、厚生年金のほかに介護保険(人による)、労災保険、雇用保険など、合計4〜5つの保険に加入しています。労災保険や雇用保険は毎月数千円程度なので金額的な印象が薄く、納付をあまり認識できていない方もいるのではないでしょうか。

個人事業主は、自分が雇用主となるため労災保険や雇用保険に加入できず、国民健康保険国民年金の2つに集約されます。ここで会社員と大きく異なるのは、負担割合です。会社員の場合は、健康保険料の半分を会社が負担してくれます。例えば、自分の給与明細で健康保険料が月額4万円引かれていたとしたら、会社も同じ4万円を負担しており、本当は8万円の保険料を支払っています。これを、専門用語で労使折半と言います。一方で個人事業主は全額自己負担となります。「個人事業主になったら、想定外に保険料が多くなってしまった」という事態を防ぐため、この違いをあらかじめ認識しておきましょう。

会社を退職して個人事業主になる場合、退職日の翌日から14日以内に居住地の市区町村役所で手続きをする必要があります。品川区に住んでいる方は、品川区役所で手続きを行いましょう。退職後の約2週間はあっという間に過ぎてしまいますので、忘れないように気をつけましょう。

同様に、退職日の翌日から14日以内に国民年金保険への加入が必要です。会社員の厚生年金は労使折半(会社と折半)ですが、こちらも個人事業主の場合は全額自己負担となります。

国民健康保険と国民年金保険は同じスケジュール、同じ場所で手続きを行う必要があるため、まとめて行うことが効率的です。退職したら2週間以内に、この2つの手続きを行うことを覚えておきましょう。

②開業手続関連

1.開業届の提出

個人事業主として開業する場合、開業日から1ヵ月以内に、事業所の所在地を管轄している税務署に開業届を提出する必要があります。提出は義務ですが、現状、未提出でも罰則規定はありません。

法人を設立する場合は定款など複数の書類が必要となり、少なくとも2週間ほどの期間がかかりますが、個人事業主の場合は開業届を提出するだけで手続きが完了します。簡単な書類であるがゆえに開業届を出さない方もいるのですが、提出するメリットは主に2つあります。

1つは、青色申告の利用が可能になること。これにより、確定申告時の控除金額が増え、税金が安くなる可能性が高くなります。

もう1つは、各種契約・申請の際に役立つ可能性があることです。具体的には、オフィスを借りたり、口座を開設したりするときに、会社員であれば雇用契約や在職証明書を提出すればOKですが、個人事業主の場合は自らの状況を証明する公的な書類は公的機関(税務署)に提出した開業届くらいしかありません。もちろん、ホームページなどで事業内容を伝えることはできますが、それは公的な証明書にはなりません。開業届をきちんと提出し、控えを保管しておくことをおすすめします。

2.その他開業時に提出する主な書類

開業届以外にも、個人事業主が開業時に提出する主な書類は、上記のようなものがあります。

それぞれの名称を暗記する必要はありませんが、どれも提出の締め切りがタイトということは覚えておきましょう。確定申告の準備をする際、「この書類は最初に出しておくべきだったのに忘れていた」など、提出漏れが発覚する方も少なくありません。

また、ビジネスの種類や規模に応じて必要な書類が異なります。例えば、在庫を保有するビジネスモデルの場合、在庫の管理方法に関する書類の提出が必要になる場合があります。開業前に必要な書類を一度整理した上で、開業に向けた準備をしましょう。

最低限知っておきたい財務知識

続いて、最低限知っておきたい財務知識についてお伝えします。まずは、経費に関する3つのポイントです。

①事業関連性の重要性

会計士や税理士への質問で一番多いのが、「どこまで経費として認められるか?」です。正直なところ明確な答えはなく、一つひとつ個別に判断する必要がありますが、持っておくべき判断軸は事業関連性があるかどうかです。

開業届は、良くも悪くも事業内容を数行書けば良いので、事業関連性について曖昧な支出が発生することもあります。税務署から問い合わせがあった時に論理的に事業関連性を説明できるかどうかはとても重要なので、事業関連性があるかどうか、理由を含めて判断、説明できるようにしておきましょう。

②生活と事業の区分

生活と事業の区分についてもよく聞かれます。上のスライドの例では、事務所として利用しているのは自宅の一部だけなので、家賃の全額を経費にすることはNGです。事務所のためだけに借りたオフィスやフロアであれば全額経費にできますが、あくまで自宅の一部を事務所として使用する場合は、一定の基準を用いて生活スペースと業務スペースを定義し、区分に応じた金額を経費にする必要があります。

何を基準として区分を決めるかは難しいポイントです。キッチンやリビング、仕事部屋が明確に分かれている間取りであれば考えやすいのですが、ワンルームで机でもソファでも仕事をしている場合、どこまで明確に主張できるかがひとつの基準になります。第三者に説明したときに、「確かにこのスペースは仕事スペースとして妥当だよな」と納得されそうなスペースは経費にして問題ないでしょう。そうでないスペースは、経費化しない方が無難です。

人それぞれの状況によって、経費にできる範囲は違います。家事按分の考え方は、家賃だけでなく光熱費や通信費にも関係してきますので、第三者がわかるような基準を用いて経費の扱いを判断しましょう。

開業後には、さまざまな経費が発生します。一つずつ個別に判断して記帳するのは、時間がかかる作業です。そのため、可能な限り「このような活動に係る費用は通信費」とあらかじめ基準や方向性を決めておくと良いでしょう。

③支払証憑保存の重要性

さらに、開業を検討している時点で意識しておくといいのが、支払証憑(しょうひょう)を取っておくことです。「まだ開業届を出していない」ことを理由に、開業前の支払証憑を捨ててしまう方は意外と多いのですが、開業前の支払いであっても、その後の事業に関連性がある支出は経費として認められる可能性があります。

例えば、起業前に参加した起業に関する有料セミナーや交流会など、ちりも積もって数万円〜十数万円になるケースもあります。開業を本格的に検討し始めた時点から、経費として認められそうな支出に関する証憑は必ず保管しておきましょう

また、証憑は毎月月末に整理することがおすすめです。確定申告時期にまとめて整理しようとして、「契約している通信会社では、半年前までの通信費しかPDF化できない」ということも少なくありません。毎月、自分が何にいくら使ったのかを把握するためにも、定期的に整理する習慣を身につけましょう。会社に勤めていると経理の方などがお尻を叩いてくれますが、独立すると自ら管理する必要があるため、そのような心掛けは大変重要です。

①事業関連性の重要性
事業関連性があるかどうか、論理的に整合性を説明できるかどうかという判断は非常に重要なポイントです。迷った場合は判断基準を整理し、検討しましょう。

②生活と事業の区分の重要性
個人事業主や少人数の法人は、公私の区分が曖昧になりがちです。経費処理する理由について明確に説明できるよう判断基準を持っておきましょう。

③支払証憑保存の重要性
開業前後には様々な支払いが生じますが、開業前後は様々な手続きもあり、バタバタすることが多く、証憑保存・整理は後回しになってしまいがちです。思わぬ損失を被らないために、開業を意識した時から証憑保存に関する方針を決め、適切に保存しましょう。

税金の支払い時期に影響を与える!減価償却の考え方

財務知識としてもうひとつ覚えておきたいのが、減価償却の考え方です。減価償却とは、パソコンやプリンターなど購入した資産に対して、使用期間に応じて費用を按分していく処理のことで、それぞれの資産に対して税法で使用期間が定められています。パソコンであれば4年、建物であれば数年で取り壊すことはまずないので20年です。

例えば、開業時に購入したパソコン代12万円を全額1年目の費用とすると、その年の売上が5万円だった場合、1年目だけ損益がマイナス7万円になってしまいます。パソコンは基本的に数年、長ければ10年近く使用するものなので、1年目に全て費用処理するのではなく、使用期間に応じて処理することが適切であると考えられます。

基本的には、税法で定められた使用期間に応じて按分していけば問題ありません。今回の例ではパソコンの購入費12万円を4年に分けることで毎年3万円ずつを費用処理していくことになり、損益を綺麗に按分することができます。

さらに、減価償却には「一括償却」「少額減価償却」という特例も認められており、うまく活用することで税務メリットを得られます

一括償却は、取得価額が10万円以上〜20万円未満のものに関して、使用した年から3年間で減価償却できるというものです。パソコンは本来税法上4年と決まっていますが、取得価額によっては3年で処理することも可能になります。少額減価償却は、30万円未満の資産は合計300万円を限度として初年度に全額処理することができるというものです。

通常の償却(4年に分けて処理)、一括償却(3年に分けて費用処理)、少額減価償却(初年度に全て費用化)の3パターンで、12万円のパソコンの購入費用を按分してみましょう。それぞれの利益(損益)に25%の税をかけると、選択した減価償却期間によって税金の支払いスケジュールが変わることがわかります。税金の考え方として、損益がマイナスの場合、税金は0円になるので少額減価償却として初年度に全て費用化すると1年目の税金が0円になります。

今回は12万円のパソコン1台を例としているので、金額的インパクトはそれほど大きくありません。しかし、仮に従業員を3人雇い、それぞれに20万円のパソコンを購入したとすると、今回のケースの約5倍ほどの金額的インパクトに繋がります。この考え方は個人事業主から大企業まで共通で、会社が大きくなればなるほど金額的インパクトが大きくなるので、減価償却方法の選択次第で税金の支払スケジュールが変わるという感覚を持っておきましょう。

助成金、補助金、融資支援などの制度を知っておこう

多くの自治体は起業支援として、助成金・補助金の制度を用意しています。起業時に活用できるものがあれば、是非活用を検討しましょう。

助成金・補助金制度は数多くあり、全てを列挙することは難しいため、今回は最もメジャーな3つに絞って紹介します。

1つ目は、都内で創業を予定している方を対象にした「東京都の創業助成金」です。対象者は創業後5年以内の中小企業者等と記載されていますが、個人事業主も含まれます下限100万円〜上限300万円までで、対象経費の3分の2以内が助成されます。ただし、申請が通ったあとすぐに300万円が振り込まれるわけでなく、対象期間に発生した費用が助成対象期間後に助成される点に注意しましょう。例えば、従業員の人件費で1年間に450万円発生した場合、人件費のうちの3分の2にあたる300万円が後から支払われます。申請のための要件が厳しく、過去の採択率は15%程度と高くはありませんが、数ある助成金制度の中でも助成金額が高額であるため、対象となりうる方は是非一度検討してみてください。

2つ目は、最もメジャーな補助金、小規模事業者持続化補助金(一般型)です。こちらは全国共通の制度で、小規模事業者であれば基本的に対象となります。もともと通常枠50万円が中心でしたが、通常枠以外にも様々な枠が設けられ、枠によっては上限額が200万円のものもあります。この金額規模の補助金の中では申請に必要な要件のハードルが比較的低く設定されているので、ぜひ検討してみてください。

3つ目は、IT導入補助金です。助成額に30〜450万円と幅があり、対象枠なども毎年変更が生じる傾向にあります。そのため、自分が活用したい年度の場合はどのような補助内容があるか、都度調べるのがおすすめです。こちらも小規模事業者〜中小企業者を対象にしているので、パソコンやクラウドソフトを購入・導入する際に対象となるか確認してみましょう。

助成金・補助金とは別に、おかねを借りる際の利息部分について支援を受けられる融資支援制度もあります。例えば、品川区では、区内で創業して5年以内の事業者向けに利息を支援してくれる、融資あっ旋制度があります。自治体によって支援内容が異なるので、自分が事業を行う地域の制度を調べてみることをおすすめします。

また、地域だけでなく年齢や性別に応じた制度もあるので、自身の条件をもとに調べてみると良いでしょう。

支援制度活用の際は、申請の手間や採択率も考え、総合的な判断を

これらの支援制度には数多くの種類があり、毎年の予算によってルールや要件が変わることも多いため、全ての制度の最新情報を常にアップデートすることは簡単ではありません。まずは自分の性別や年齢、事業内容や地域によってどのような制度があるのかというのを大まかに把握した上で、専門家に「こういった制度を利用したいのですが…」「こういった事業の場合、この助成金の対象になりますか?」などと、相談してみるのがおすすめです。

また、申請の際には申請に関する手間や時間がかかることにも注意しておきましょう。例えば、10万円の補助金の申請準備に200時間かけてしまうと、単純に考えて時給500円で働いたことと同様となり、普通に働いた方が資金が得られることになります。加えて、申請したからといって必ずしも採択されるわけではないことにも留意が必要です。数ある制度の中でどれを選択するべきか、採択率や支援内容をふまえて、どれくらい時間をかけるのが合理的かというのを改めて整理した上で、制度を上手く活用しましょう。

おかねと時間をマネジメントして、よりよい事業を

近年は行政のデジタル化やクラウドサービスの普及でおかね周りの手続きや管理がシンプルになったり、シェアオフィスやコワーキングスペースの浸透に伴い、オフィスの賃料が安価になったりと、起業時の金銭的なハードルは低くなっています。

そんな起業に挑戦しやすい時代ではありますが、これから開業する方は、何よりもやりがいを大切にしていただければと思います。やりがいがあまり感じられなければ、事業を続けるのも難しくなってしまいます。

一方、継続的に利益を出せる状態を作るということも重要です。どれだけ素敵なビジョンを持っていても利益がでなければ続けることはできません。今回の講義の内容を活用して、ぜひ事業に関するおかねを上手にマネジメントしてみてください。

最後に、おかねと同じくらい重視しなければいけないことが時間です。会社員として働いていれば、月末に必ずお給料が支払われますが、自分で事業を行う場合は時間に対する売り上げを意識しなければ、コストを上回る売り上げが上がらず、どれだけ働いても利益が出ない状況に陥ることもあります。

やりがいを大切に、おかねと時間をうまくマネジメントして、よりよい事業をつくっていってください。