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成功するソーシャルビジネスの作り方セミナーレポート:事業計画書は「将来価値」を考えて
ビジネス視点で社会課題の解決に取り組むソーシャルビジネス。ニュースでも取り上げられ注目を集めていますが、実践する企業が資金獲得などの面でハードルを感じることは少なくありません。
品川区立西大井創業支援センター(以下、当施設)では6月15日、ソーシャルビジネスの定義や事業計画書の作り方を学ぶ「成功するソーシャルビジネスの作り方セミナー」を開催しました。講師は、当施設のインキュベーションマネージャーを務める中小企業診断士の朝比奈信弘さんです。当日の様子をレポートします。
〈登壇者プロフィール〉
朝比奈信弘 氏 / 中小企業診断士 インキュベーションマネージャー
1982年生まれ、神奈川県出身。
凸版印刷株式会社にて企業の広告、販促物のデザイン業務に従事後、社会課題解決型ビジネスモデルに関心を持ち、中小企業診断士を取得。
公的支援機関にて新規事業立ち上げ、各種研修・セミナーの企画立案、官民連携推進に従事。
東京都中小企業診断士協会ソーシャルビジネス研究会副代表。
非営利組織におけるガバナンスや資金調達、IT活用、組織基盤強化等実績多数。
ソーシャルビジネスの定義=経済的・社会的領域で行う持続的な事業活動
今回のセミナーでは、ソーシャルビジネスの定義や事業計画書のポイントについて学び、最後には自身で新たなソーシャルビジネスを考えるワークを実施しました。
組織や団体は大きく分けて、第一、第二、第三のセクターに分類されます。第一セクターは公共分野のことで、国や自治体が税金を使って、道路の整備や公共施設の建設・運営などを行います。
第二セクターは、経済成長を目指す一般的な企業活動のこと。
第三セクターは、行政や企業ではカバーしきれないニーズを拾い上げる組織のことです。例えば孤立する子ども・高齢者の支援といった、困っている人数は多くないけれど、社会にとって必要な課題に向き合っている非営利組織などが該当します。
では、ソーシャルビジネスとは何でしょう。
「ソーシャルビジネスが社会課題解決事業であることは間違いありません。しかし、社会課題解決事業のすべてがソーシャルビジネスかというと、必ずしもそうではない。なぜなら、世の中の事業のほとんどが、社会課題解決のために存在するからです」(朝比奈さん)
次に示す「ソーシャルビジネスのイメージ図」では、第一セクターが担う社会的発展軸(横軸)と、第二セクターが重視する経済的発展軸(縦軸)の両軸があることがわかります。
「現代のソーシャルビジネスとは、経済的発展軸と社会的発展軸の両者を伸ばし、より大きな三角形の面積を目指すことと言えます」(朝比奈さん)
ソーシャルビジネスはスケール性や地域性だけで語らず、いかに持続させるかという視点が大事になってくるため、朝比奈さんはソーシャルビジネスを「経済的・社会的領域で行う持続的な事業活動」と定義づけているそう。
「経済的価値と社会的発展は両立できない関係に見えるかもしれません。しかし、この数年で世間の潮目が変わり、社会的価値が経済的にもプラスの効果を働かせることが増えてきました。スタートアップ企業がソーシャルビジネスで両軸を伸ばした事例が実際にあることから、経済産業省からも注目されています」(朝比奈さん)
PORT2401当施設の利用者にも、ソーシャルビジネスに挑戦する起業家がいます。森林や里山資源の価値や魅力を高め、多くの人にその恵みを実感してもらうブランド「Phnom Toi(プノントイ)」。林業の伐採で生じる端材から作ったアロマディフューザーなどを手がけ、その制作を障害者福祉施設に依頼しています。原価は高くなるものの、社会的発展軸も含めて考えると、ソーシャルビジネスとしてより大きな三角形の面積を実現できていることになります。
ソーシャルビジネス成功のために重要な、「社会的発展の評価軸」と「共創力」
ソーシャルビジネスのイメージ図で、経済的発展軸の単位は「円」でした。では、社会的発展軸は何の単位で、どのように評価すればいいのでしょうか。
一つに、社会的発展を円換算するやり方が挙げられます。例えば、引きこもりの就労支援を行うソーシャルビジネスでは、25歳の若者が65歳まで働き続けた場合に得られる税収と、同期間にかかる生活保護費を比較し、どれだけの社会投資効果があるかを示すそう。
「円換算で評価するほかに、事業実施前と後の指標値を比較するなど、割合や人数、回数などの単位で見ていく方法があります。ソーシャルビジネスは社会的発展軸の伸びが伝わりにくいため、評価軸をきちんと定めることが大切です」(朝比奈さん)
また、ソーシャルビジネスを成功に導くためには、共感の力を使うことも重要だそう。
例えば、発展途上国の貧しい少年がいたとします。家には電気が通っておらず、その少年は夜、街灯の下でボロボロの教科書を読んで勉強しています。彼は貧しさから進学を諦めていましたが、それでも勉強の手を止めません。
経済的発展軸だけで世の中を見ると、他社はすべて競争相手です。しかし、「一緒にこの少年を助ける」という共通目標を据えれば、それぞれの得意分野で他社と手を携え、彼に救いの手を差し伸べることができるのです。
「そうすれば、社会的発展軸を大きく伸ばすきっかけにもつながります。つまり、ソーシャルビジネスにおいては、経済的発展軸における競争力と、社会的発展軸における共感から仲間を作り出す力=『共創力(きょうそうりょく)』の2つが大切です。」(朝比奈さん)
事業計画書の作成で大切な3つのポイント
ソーシャルビジネスを運営する上では、事業計画書も必要です。事業計画書は事業実現のための具体的な計画を示す書類で、資金の出し手が判断材料にするなど、資金調達においても大切な役割を担っています。
セミナーでは、10年以上取引のない預金(休眠預金など)を社会課題の解決に活用する休眠預金活用事業の事業計画書を取り上げ、どのような点に特徴があるか解説しました。
●休眠預金活用事業の事業計画書の特徴
・資金繰りなどの財務的指標が中心ではない
・「事業の背景・課題」に対する自由記述が必要
・「中長期アウトカム」(将来、どのような世界観を目指すか)を記述する
「投資を決める際は、ファンドの設立目的と中長期アウトカムの適合率の高さが決め手となります。そのため、ソーシャルビジネスの事業計画書は、財務的リターン以外の色が強いのです」(朝比奈さん)
その上で、朝比奈さんは、事業計画書を書く際のポイントを次の3つに絞りました。
●事業計画書を書くポイント
・未来を社会的価値で言語化する(中長期アウトカム・スーパーゴール)
・今できることを言語化する(経営資源・強み・インプット)
・未来と今の両方から計画する(ロジック的に成立させる)
「将来、社会的発展軸においてどんな価値を見出すのかは、相手に説明しなければ伝わりません。そのためにも、事業計画書では事業の現在価値を『将来価値』で示す必要があるのです」(朝比奈さん)
事業計画書で押さえるべきポイントは、融資系や出資系など資金調達先のタイプによって異なります。どのような点を事業計画書に記載すればいいのか、しっかりと見極めておく方が良いそうです。
ソーシャルビジネスにおけるインパクト投資の見通し
ソーシャルビジネスの資金調達で資金の出し手に求められるのは、インパクト投資の視点です。インパクト投資とは、財務的なリターンと並行して、社会的にポジティブな価値が生み出される投資行動のこと。日本では、2022年に内閣・内閣官房が、「新しい資本主義グランドデザイン」及び「骨太方針2022」でインパクト投資推進を明記するなど注目度が高まっています。
「日本のインパクト投資残高は、2022年度に5兆円を超えています。その推移からも、日本全体で、インパクト投資に力を入れている状況が伝わってきます」(朝比奈さん)
インパクト投資には、様々な種類が挙げられます。例えば、「はたらくFUND」は、2019年に設立された外部投資家参加型インパクト投資ファンドで、子育てや介護などさまざまなライフイベントを経ながら「働き続けられる」環境作りと人材創出を促進することを目的としています。
ベンチャーキャピタル(VC)の行う地方創生ファンドもその一つ。フューチャーベンチャーキャピタル株式会社は、全国の地域金融機関をパートナーに、地域創生ファンドを2021年までに32本運営しており、その投資先は300社を超えているそう。
「ほかにも、インパクト投資に取り組む金融機関は数多くあります。自社が行うソーシャルビジネスと関わりの深いインパクト投資ファンドを見つけることが、資金調達では必要になってきます」(朝比奈さん)
共通目標を考える時の2つの切り口
セミナーの最後に、「ソーシャルビジネス事業計画ワークシート」を使ったワークが行われました。参加者は起業する際の活動目標と、ソーシャルビジネスの要となる共創力・共通目標について考えます。
「共通目標を考えるのに迷ったら、2つの切り口から検討しましょう。一つは、住んでいる、あるいは登記している行政の基本構想やまちづくりに共感できる部分はあるか。もう一つはスタートアップやベンチャーで個人的に注目する面白い事業があるか、です」(朝比奈さん)
なぜ行政の基本思想やまちづくりの共感性を探るのか。公共性の高い目標は共通目標になりやすく、時には、行政が共創相手となることもあるからです。その際には、行政が示す「基本構想」と「中長期計画(総合計画)」がポイントになるそう。自治体によって、教育や障害者支援など力を入れる分野はさまざま。行政の示す基本構想を理解することが、共創相手を見つける一歩につながるのです。
会場からは、それぞれの切り口から考えた活動目標や共通目標が発表されました。複数出たのは、終活に関わるビジネスです。共通目標として「高齢者の幸せな老後や遺族のケア」を掲げ、医療や保険、葬式、遺品整理など、さまざまな分野の企業が一丸となって取り組んでいける未来を描きました。
社会を変えるためには、課題を解決するプレイヤーを増やすことが大事
「これからソーシャルビジネスに取り組む方たちにとって、自社のビジネスを大きくし、インパクトを増やすのはとても大事なことです。しかし同時に、同じ課題を解決するプレイヤーを増やすことも、社会を変えるためには必要となります。なぜなら、プレイヤーが増えれば、点の活動が面へと広がっていくからです」(朝比奈さん)
そのためには、後継人を育てる必要があります。ソーシャルビジネスを社会を変えていくためのバトンリレーと捉え、1人では変えられない社会を、みんなで変えていく。ソーシャルビジネスでは、自社の利益だけを追い求めず、社会にどうビジネスを還元していくかを考える必要がありそうです。