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施行が近づく「フリーランス保護法」とは? 適用対象や規制内容を解説
品川区立西大井創業支援センター(PORT2401)は5月15日、起業を目指す人を対象に、2023年5月に公布された「フリーランス保護法」の解説講座を開催しました。
同センターの連携アドバイザーで弁護士の大久保和樹さんが講師を務め、フリーランス保護法ができた背景や適用対象者、違反した場合について話しました。当日の様子をまとめてお届けします。
〈登壇者プロフィール〉
大久保和樹 氏 / NEXAGE法律事務所
1983年生まれ、東京都出身。2009年弁護士登録。都内の大手法律事務所知的財産部門で勤務。アメリカへ留学し、2016年にニューヨーク州弁護士資格を取得。2019年独立。現在はNEXAGE法律事務所でパートナー弁護士を務めるほか、西大井創業支援センター連携アドバイザーを担う。上場企業からスタートアップ、個人クリエイターに法的アドバイスを提供するほか、企業の社外監査役を務める。
フリーランス保護法ができた経緯
「フリーランス保護法」の正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」です。法律の正式名称は基本的に長い文言が一般的。世の中には通称・略称で広まっていきます。
公布日は、2023年5月12日です。施行日は未定ですが、公布日から1年6カ月以内と決まっているため、遅くとも2024年11月までには施行されるでしょう。
フリーランス保護法ができた背景には、働き方の多様化が進展し、フリーランスが世に普及してきたことが挙げられます。同時に、実態調査や「フリーランス・トラブル110番」に寄せられた相談内容から、フリーランスと企業間でさまざまなトラブルが発生していることもわかりました。
例えば、個人で業務委託を請け負うフリーランスと、企業や法人といった組織である発注事業者では、交渉力や情報収集力に差があります。そのため、特定の企業からの発注に依存したり、業務の完了まで報酬が支払われない場合にキャッシュアウトしたりしてしまう事例が発生しています。
発注事業者から業務委託を受ける際、フリーランスは弱い立場に置かれやすい特性があるのです。フリーランス保護法は、フリーランスとの取引における最低ラインを定め、取引の適正化と就業環境の整備を図る法律です。
似た法律に下請法がありますが、下請法では守られる側の立場にある人も、フリーランス保護法を守るべき立場に立つことがあります。フリーランスと取引のある企業は適用対象などをよく理解しておきましょう。
フリーランス保護法の適用対象は?
では、フリーランス保護法は「誰に」、そして「何に」適用されるのでしょうか。適用対象は、「(特定)業務委託事業者と特定受託事業者との間の業務委託に係る取引」です。これを分解しながら説明しましょう。
「(特定)業務委託事業者」とは、特定受託事業者に業務委託をする事業者を指します。つまり、フリーランス保護法を守るべき立場の人たちのこと。「業務委託事業者」と「特定業務委託事業者」の2種類に分かれ、規制内容に違いがあります。
〇業務委託事業者とは
特定受託事業者に業務委託をする事業者
〇特定業務委託事業者とは
業務委託事業者のうち、以下のいずれかに該当するもの
・個人であって、従業員を使用する(※1)もの
・法人であって、二以上の役員があり、又は従業員を使用するもの
※1 フリーランス保護法における「従業員」の定義は、週の所定労働時間が20時間以上で、かつ31日以上の雇用が見込まれるもの。短期アルバイトや日雇いはフリーランス保護法において従業員に含まない
法人であっても、役員や従業員がいない個人事業主は「業務委託事業者」、友人同士で共同創業したスタートアップは「特定業務委託事業者」に該当します。
次に、フリーランス保護法で守られる立場の「特定受託事業者」とは誰を指すのでしょうか。これは従業員のいない個人事業主や、法人化していても自分以外に役員や従業員がいない企業を指します。
最後に「業務委託」とは何か。次のいずれかに該当するものを指します。
・事業者がその事業のために他の事業者に物品の製造(加工を含む。)又は情報成果物(※2)の作成を委託すること。
・事業者がその事業のために他の事業者に役務の提供(※3)を委託すること(他の事業者をして自らに役務の提供をさせることを含む。)
※2 情報成果物とは、プログラミングやデザイン、漫画のデータのように、商品が物体として存在しないものを意味する
※3 役務の提供とはサービスの提供などにより人が労働することを指す
業務委託の考え方では、“事業のため”の作業かどうかがポイントとなります。ですから、一般消費者が個人で使用するために受注した仕事内容は、フリーランス保護法の適用外となります。
注意したい4つの規制内容
フリーランス保護法の規制内容は、発注事業者が「業務委託事業者」か、「特定業務委託事業者」か、「特定業務委託事業者かつ断続的発注(※4)」かによって異なります。
※4 「特定業務委託事業者かつ断続的発注」において、継続的発注が何カ月以上を指すのかはまだ決まっておらず、これから指定される予定
ここでは特に注意したい「書面等による取引条件の明示」「期日における報酬方法」「中途解除等の予告」「禁止事項」について詳しく解説していきます。
<書面等による取引条件の明示>
フリーランス保護法の適用後、業務委託事業者は契約書や受発注書を、書面か電磁的方法(メールやSNSなど)で明示しなければなりません。重要なのは「業務委託をした場合は、直ちに」と書かれている点です。発注前に必要な事項を共有できなかった場合、発注後でもすぐに取引条件を明示すれば大丈夫です。
しかし、共有事項や電磁的方法の要件は決定していません。今後の行政の公式発表を注視するようにしてください。
<期日における報酬方法>
特定業務委託事業者に規制される「期日における報酬方法」のポイントは、物品等を受領した日から起算することです。
一般的に商品の納品後は検査などを行い、合格したら納品完了となるケースがほとんどです。しかし、フリーランス保護法が施行された後は、最初の納品日から60日以内で報酬を支払わなければなりません。
仮に納品後に修正作業が発生し、納品完了までに時間がかかったとしても、最初の納品日が起点となるのです。注意しておきましょう。
また、当事者間で支払期日を定めていない場合は「受領した日」に支払う必要があります。「60日を超えた支払期日」を契約上設定していた場合は「受領した日から起算して60日を経過した日の前日」までに支払う必要があります。
例外は、特定業務委託事業者が、自らに委託された業務を特定受託事業者に再委託する場合のみです。元委託支払期日から起算して30日以内の、できる限り短い期間内まで支払いを延長することができます。
<中途解除等の予告>
業務委託の中途解除は現在、発注者側がいつでも解約できるのが一般的です。
しかし、フリーランス保護法の施行後は、特定業務委託事業者かつ断続的発注の場合、30日前までに通知しなければならなくなります。また、特定受託事業者側から希望があった場合には、中途解除や不更新の理由を開示しなければなりません。
<禁止事項>
特定業務委託事業者かつ断続的発注の場合は、4つの禁止事項が設けられます。
1つ目の「特定受託事業者の責めに帰すべき事由なく、受領を拒むこと・報酬を減額すること・返品を行うこと」は、特定受託事業者に責があるか、ないかがポイントです。
例えば、「まだ倉庫の準備が整っていないから」と特定受託事業者からの受領を拒んだり、販売価格変更のため最初に伝えていた報酬より減額したり、必要となる部品数が予定より少なくなったから一部返品したりすることは、特定受託事業者側に責がありませんので、禁止事項にあたります。
2つ目は「通常支払われる対価に比べて著しく低い報酬の額を不当に定めること」。継続して仕事を受注するために、特定受託事業者が安い金額で業務委託に応じないといけないケースを防ぐための禁止事項です。
3つ目は「正当な理由なく自己の指定する物の購入・役務の利用を強制すること」。ここでは“正当な理由なく”がポイントです。例えば、商品の安全を保障するために材料を指定する必要がある場合は禁止事項に当てはまりません。しかし、「関連企業から購入してほしい」など、他で購入すればもっと安く購入できるのに、購入場所や材料を強制する場合は該当します。
4つ目の「自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること」は、例えば、メーカーから派遣された人が家電量販店で自社の商品をアピールする際、他社製品の説明までさせるケースなどが該当します。
また、「特定受託事業者の責めに帰すべき事由なく内容を変更させ、又はやり直しさせること」は、特定受託事業者に再委託した後に製品仕様が変わり、デザイン変更ややり直しを依頼するケースなどが当てはまります。
フリーランス保護法の施行後は、特定受託事業者に責がないやり直しなどは禁止、追加修正が必要な場合は、再度依頼する形で別途報酬金額を支払う必要があります。また、依頼した内容を中途解除する場合も、それまでに生じた稼働内容に応じて報酬を支払う義務が生じます。 しかし、再委託のケースで発注事業者側が下請法の保護対象だった場合は、元委託先へ「無償でのやり直しはできない」と交渉する方法もあります。
違反すると「社名と違反行為の公表」も
フリーランス保護法に違反した場合は、どのようなことが起こるのでしょうか。
まず特定受託事業者が「フリーランス保護法違反だ」と感じた場合、今後設置される予定の公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省の相談窓口で申告できるようになります。また、現在も運用中の「フリーランス・トラブル110番」を通じて、弁護士による相談対応や和解あっせんを受けることもできます。
では、違反事業者はどうなるのか。行政機関は次のような対応を行うでしょう。
・報告徴収・立入検査…違反が疑われている事業者に対して、立ち入り検査などを行います
・指導・助言…社内体制を整えるなど、事業を改善するよう指導・助言を行います
・勧告…指導しても従わない場合、違反行為の取り止めなどの勧告を行います
・勧告に従わない場合の命令・公表…公正取引委員会などの公式ウェブサイトに、違反事例として社名と違反行為が公表されるほか、命令違反には50万円以下の罰金が科せられます。
命令違反の金額は大手企業にとっては少額かもしれませんが、社名と違反行為が公表されることで業界内の評判に影響し、社会的に難しい立場に陥る可能性が高まります。
理解度チェッククイズ
以上がフリーランス保護法の概要です。どれくらい理解できたのか、クイズ形式で振り返っていきましょう。
【回答】
1…× A社と本人が雇用契約を結んでいるため業務委託に当たりません。
2…× 同級生が仮に個人事業主だとしても、家族写真の撮影は事業のためとは考えにくいので、対象になりません。
3…〇 B社とは雇用関係がありませんし、商品撮影は事業のためと言えるためフリーランス保護法の対象となります。
4…× 誰からも業務委託を受けず、個人で行っていることなのでフリーランス保護法の対象外です。
【回答】
1 フリーランス保護法での従業員とは、週の20時間以上の労働で雇用期間が31日以上の場合に限ります。
・週15時間労働・雇用期間2か月…〇 所定労働時間を満たしていないため。
・週30時間労働・雇用期間2週間…〇 雇用期間の要件を満たしていないため。
・週25時間労働・雇用期間3カ月…× 所定労働時間・雇用期間要件を満たし、「従業員を使用している個人事業主」に当たるため。
2…〇 業務委託している場合は、従業員に当てはまらないため。
【回答】
1…〇 特定受託事業者に責がないため、発注事業者にとって責がない出来事でも受領拒否の類型にあたる「延期」を行ってはいけません。
2…〇 特定受託事業者に責はありません。期日通りに支払いましょう。
3…〇 フリーランス保護法では、法律の最低ラインを下回る合意は、適用されません。そのため、特定受託事業者に責がないやり直しをさせてはいけません。しかし、別の業務としてやり直しを依頼し、追加費用を支払うのであれば、新たな発注としてみなされます。
【回答】
△ 納品された日が月初か、月末かで異なるため。
フリーランス保護法では、納品物を受け取った日から60日以内に支払いを行わなければなりません。仮に1月15日までに納品された場合、1月中に検査が終わるため1月末締め、2月支払いで60日以内の支払いが可能ですが、1月20日に納品された場合は、2月に合否が決定する可能性が出てきます。そうすると2月末締め、3月末払いとなり、60日以内の支払いが完了できなくなってしまいます。
違反を受けたら相談窓口を活用して
クイズでフリーランス保護法の振り返りをした後は、質疑応答の時間が設けられました。
会場からは発注事業者側の立場、特定受託事業者側の立場の両方から「違反行為を伝えても発注事業者の反応が芳しくない場合はどうすればいいか」「作業時間の前後に無償で時間を割いてほしいと言われた場合は違反行為か」などの質問がありました。
大久保弁護士は「報酬金額が少ない業務委託では、弁護士への依頼料の方が高くなり、フリーランス保護法の違反があっても泣き寝入りしなければならないことも想定されます。そういう場合は行政の相談窓口もうまく活用してほしい」と呼びかけました。
フリーランス保護法が本格的に施行されるまで、残り数カ月。円滑に業務を進行するためにも、改めて内容を理解しておきましょう。