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「ファイナンス思考で自信が身に付く意思決定術 グループワークショップ」 起業に必要な決断方法を学ぶ

長期的な視点に立ってキャッシュフローを考える「ファイナンス思考」。たくさんの情報から、自分にとって正しい選択肢を選ぶこの考え方は、起業でも役立ちます。

品川区立西大井創業支援センター(PORT2401)では5月20日、ソーシャルデザインパートナーズ株式会社の代表取締役で、東京工業大学の研究・産学連携本部の特任准教授も兼任する田中孝佳さんを招いて「ファイナンス思考で自信が身に付く意思決定術 グループワークショップ」を開催。当日の様子をレポートします。

〈登壇者プロフィール〉

田中 孝佳 / ソーシャルデザインパートナーズ株式会社 代表取締役

慶應義塾大学 経済学部出身。投資銀行に入社し、不動産証券化チームに配属。上場REITの引受業務のほか、不動産の証券化やREITのM&Aを経験。投資銀行を退職後、地域活性化を支援する官民ファンドへ入社。ファンドでは全国の観光活性化を中心とした事業者(宿泊事業、飲食事業、製造業等)への投資や、投資先の経営支援に従事。その後、スタートアップ企業の新規事業開発に従事した後、自身が経営するソーシャルデザインパートナーズ株式会社を設立。自社事業の立ち上げや資金調達を進める他、地域活性事業者のファイナンス支援等を行う。また、現在は本経歴を背景に東京工業大学の研究・産学連携本部の特任准教授に就任しており、大学発のスタートアップ創出に向けた各種支援やエコシステム構築を手掛ける。

[ケーススタディ1]飲食店兼コワーキングスペースを開きたいAさん

今回のグループワークショップでは、「起業を考えている友人Aさん」を想定した3つのケーススタディから、ファイナンス思考による意思決定の考え方を学びました。

「親友のAさんから起業の相談を受けたら、どんなことを聞き出してアドバイスしますか?」という問いに対し、グループワークでは、「漠然と悩んでいる様子だから、Aさんが何をしたいのかをまずは一緒に考える」という意見が出ました。そのほか、「いつまでなら赤字でも耐えられるかを聞く」といった資金面での質問や、「会社を辞めた後の家族のライフプランは?」などの話題も。

「Aさんへのアドバイスに正解はありません。まずはファイナンス思考に則って、物事を因数分解しながら考えていきましょう」(田中さん)

意思決定とは、目的を達成するために①物事を客観的に見比べて、②比較検証し、③行動に移す行為です。現在のAさんは、「行動しない」選択をしている状態。その消極的な意思決定によって、本来得られたかもしれない利益を失う「機会損失」を生んでいます。

「まずポイントとなるのは、Aさんが達成したい目的を考えることです。ケーススタディで、Aさんは『飲食店兼コワーキングスペースを開く』という手段を決めていますが、尚早に着手してしまうと達成したい目的からずれてしまうこともあります。達成すべきゴールは何かを考えていきましょう」(田中さん)

ケーススタディでは、Aさんが「若い人が生き生きと働ける空間を作りたい」と語っています。つまり、これが達成したい目的であり、現状では「若い人が生き生きと働けていない」という課題を感じていることがわかります。ここでいきなり「飲食店兼コワーキングスペースで解決しよう」と手段に飛躍するのではなく、まずは「目的」と「現状」の差を埋めていく必要があるのです。

「こうやって、Aさんの目的と現状の間にどのような乖離が生じているかを明確にしていくと、相談内容の解像度が上がっていくはずです」(田中さん)

次に、目的と現状の乖離がわかった上で、起業するとどんな課題に直面するかを考えていきます。ここで重要になるのがファイナンス思考のアプローチ。①主観よりも客観(意思決定の共通言語化)、②過去よりも未来(未来を予測するための意思決定) 、③個別よりも全体(俯瞰視点での意思決定)が大切です。

その上で、Aさんのケーススタディを客観的な視点から見た比較は、次のようになります。

未来と現在のお金は、横比較ができません。ファイナンス思考では、将来のお金の価値を現在に換算した「現在価値」で考えていきます。

「仮に起業しなかった方が得られる金銭的な期待値が高かったとしても、最終的には『得られるはずだったお金を失ってでも、起業したいか』というAさんの価値観に判断はゆだねられていきます」(田中さん)

[ケーススタディ2] Aさんの起業に生じるリスクや、その回避方法は?

Aさんが起業することを決めた場合、どのようなリスクがあるのでしょうか。リスクの種類と回避方法をファイナンス思考で検証してみましょう。

会社員として働きながら起業準備中のAさん。家計を支えながら、リスクを最大限回避しつつ計画を進めていきたいと考えています。Aさんのリスク回避の方法として、どのようなものがあるでしょうか。

グループワークでは、「将来の収益だけでなく、自分の健康や家族のライフプランも考えてほしい」「Aさん自身の心が折れて、事業を継続できないリスクもある。リスク回避として仲間を作ることも必要では」といった意見が出ました。

田中さんは、はじめに「リスクとは何かを考えること」を提案しました。「起業=リスクが高い」というイメージがあるかもしれませんが、実際は登記をするだけですから、起業自体にリスクは生じません。

では、どの段階でリスクが生じるのか。心理的・肉体的リスクや人間関係など、さまざまなリスクが挙げられますが、田中さんによると、ファイナンス思考では大きく「PL的リスク」と「BS的リスク」の2つに分類できます。PLはProfit & Loss Statementの略で、会社の経営成績を表した「損益計算書」のこと。BSはバランスシートの略で、会社の財政状態を表した「貸借対照表」を指します。

●PL的リスク…安定的、継続的な収入が得られるか(また、現在の仕事を辞めることによる機会損失等)。

●BS的リスク…持続可能な財務体制を構築できるか(また、新たな事業機会が見込まれる時に備えた借入余力等)。

これらのリスクを回避するためには、次のような方法が考えられます。

●PL的リスクの回避

・正社員をしながら副業で起業する

・起業が失敗しても大丈夫なように転職先を確保する

・起業する際に、業務委託やアドバイザー契約を結んで固定収入を確保する など

●BS的リスクの回避方法

・借入を限定する

・金融公庫の無保証制度のほか、補助金やクラウドファンディングの活用など、個人保証をつけない方法を選択する など

続いて、事業が行き詰まってしまった場合も踏まえて、具体的にどのようなリスク回避をしていくか深堀りしてみましょう。Aさんが飲食店兼コワーキングスペースを開くうえで発生するリスクとして、以下が挙げられます。

●所有リスク…不動産の価格下落、物件特有リスク(土壌や地盤の問題、取引がうまく行かない)

●経営リスク…賃料・収益性の低下、テナント撤退・空室率の増加、維持管理コストの高騰

●運営リスク…食中毒発生の可能性、訴訟リスク、ピープルマネジメント

起業では、上記3つのリスクをすべて背負うべきと考える人がほとんどですが、実は事業形態によって取るリスクは選択することができます。ホテル業界の事例から、その方法を見てみましょう。

それぞれの経営方針によって、3つのリスクをどこまで背負うかを決めていることがわかります。このように、Aさんも「運営だけに携わる」「経営と運営だけを担う」といった選択ができるのです。

どのリスクを負って起業するかを決めたら、事業を行う際に生じる「固定費」と「変動費」について具体的に考えていきましょう。

●固定費…売上によらず、必ず計上されていく経費

●変動費…売上に応じて金額が変わっていく経費

ここで注目すべきは、固定費によるリスク回避です。例えば、アイスなど季節性の高い商品を販売する場合、冬になると売り上げが減少するケースが考えられます。そうすると、変動費だけなら冬に黒字化できても、家賃や人件費などの固定費を考えたときに資金繰りが間に合わず倒産する可能性がでてきてしまいます。

その場合、やはり固定費を下げることがリスクヘッジのカギになります。Aさんの事業リスクを最小化するためには、どのような方法があるのかまとめてみましょう。

固定費の割合を下げると、利益率も下がってしまう傾向はありますが、事業は安定していきます。

[ケーススタディ3]Aさんの資金調達方法

最後に、起業する上で課題となるのが資金調達です。Aさんの事例ではどんな方法があるのかを考えてみましょう。

資金調達とは貸借対照表上の話で、一般的に「借入」と「出資」を意味します。貸借対照表とは、一時点における会社の「お財布事情」を確認する書類で、借入と出資の状況が一目でわかるもの。Aさんからは、借入と出資以外の資金調達方法はないかと相談されました。

グループワークの参加者からは、「クラウドファンディング」「親族から借りる」といった意見が出ていました。

「資金調達では、借入と出資のどちらを選択するか検討し、それに見合った資金調達先にアプローチするのが一般的です。一方で、補助金制度の利用やクラウドファンディングなどの選択肢も考えられるでしょう」(田中さん)

グループワークショップでは、実際の起業家が行う次のような資金調達方法についても触れられました。

・役員借入金…役員から一時的に資金を借り入れる方法

・分割払い…カード分割払いによりキャッシュアウトを先送りする方法

・子会社設立…事業を細分化し子会社で別途資金を調達する方法

・事業売却…事業の一部、あるいはすべてを売却する方法

「起業とは事業を作ることだけでなく、いかに会社のキャッシュを守るかというゲーム的視点があると考えるとわかりやすいのではないでしょうか」(田中さん)

起業とは、自分の納得するキャリアデザインを描くこと

最後に、田中さんは起業について、次のようにアドバイスしました。

「起業とはつまり、あなたがどう生きるか。世の中には投資家目線のアドバイスが多くあふれていますが、惑わされずに自分自身のやりたいことをキャリアデザインしてほしいと思います」(田中さん)

起業家を支援するPORT2401。今回のグループワークショップで学んだ、ファイナンス思考による意思決定術は、参加者の未来をきっと支えることでしょう。